私が住む街東京。
国内はおろか世界で最も人為的活動が集積した都市のひとつ。
半世紀前のこと。「東京砂漠」という歌がヒットしました。
小学生2年の春。
当時私は、川崎市北部多摩川中流域の丘陵地帯に両親と兄の4人で住んでいました。
担任の先生から昆虫観察の授業を受けました。
宿題だったかどうかは覚えていませんが、自宅で昆虫観察を始めます。ある日曜日、父を誘って自宅から20分程度離れたキャベツ畑まで自転車で出かけました。
目的はモンシロ蝶の幼虫を探すことです。
一枚一枚キャベツの葉をめくって幼虫を探しました。
クラスに昆虫に詳しい「博士」と呼ばれる友人がいて、彼からモンシロ蝶の幼虫が好む棲家を教わっていました。父は「気持ちが悪い」と言って黙って私の「探検」を見守っていました。
やがて1匹の幼虫を見つけて虫かごに入れて家にもち帰り観察を始めました。虫かごには幼虫の好物のキャベツの葉を入れます。その日から毎朝登校する前に幼虫の成長を観察することが日課となります。
ある朝、蛹(さなぎ)から脱皮して成虫になった真っ白なモンシロ蝶が籠の中で元気に羽ばたいているのを見つけます。
私はそっとかごの蓋を開けて蝶を放しました。
空に向かって羽ばたいた成虫が遠く見えなくなるまでじっと見つめていました。
あの時の感動を今でも鮮明に覚えています。60年前の思い出です。
小学生の頃の道路は、舗装されているのが当たり前でした。
私は歩きやすい舗装されいる道路を無条件に「清潔」だと思いました。
雨が降ってぬかるみ、歩きにくくなる道より歩きやすい道を選びました。
今振り返ると「人為的活動」は当たり前の、自然な生活でした。無意識のうちに、清潔で暮らしやすい文化だと思っていたのでしょう。
次第にキャベツ畑やセミが鳴く雑木林も、昆虫の姿が減っていく自然環境の変化にも気づくことなく大人になります。
現代の東京は、砂漠から回復して、やや自然が戻ったようにも見えます。 その一方で、大規模都市再開発計画が相次ぎ、回復した自然を凌駕する勢いで環境破壊が進行しているのも事実です。
カーボンニュートラルをめざす国のエコ住宅施策のキーワードは [ZEH] です。「ゼッチ」と読みます。
ZEH とは、Net Zero Energy House (ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の略称。その定義は、
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住宅の外壁や窓、屋根、床下など外皮の断熱性能を大幅に高めた上で、省エネ機器(暖房・冷房・換気・照明・給湯)を導入して、室内環境の質を維持しつつ大幅な省エネルギー(平成28年度の省エネ基準比20%以上の削減)を実現し、太陽光発電など再生可能エネルギー等を導入することにより、年間のエネルギー消費量の収支が正味ゼロ以下とすることを目指した住宅
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ということになります。(環境省「住宅脱炭素NACVI」より抜粋)
「気候風土適応住宅」とは、地域の気候及び風土に応じた@様式・形態・空間構成、A構工法、B材料・生産体制、C景観形成、D住まい方などの特徴を多面的に備えている住宅であることにより、外皮基準に適合させることが困難であるものとして国土交通大臣が定める基準に適合する住宅をいいます。
(出典: 一般社団法人 環境共生まちづくり協会
気候風土適応住宅の独自基準策定ガイドライン (令和6年7月)
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気候風土適応住宅は、高気密高断熱住宅ではありません。また、現行の断熱性能基準を必ずしも満たす住宅でもありません。上記ガイドラインの説明書にあるように、外皮基準に適合させることが困難であるものとして国土交通大臣が定める基準に適合する住宅をいいます。
私が思い描く未来を生きる人々が快適に暮らせる社会の姿の参考としてご紹介しました。
人の思考、哲学、価値観は、生まれ育った時代の環境が大きく影響するのではないか、と思います。
気候変動に具体的な対策を示すまで、産業革命、あるいは大航海の時代を生きた世代から今日を生きる世代にかけての世紀に相当する未来世代の価値観を待つほかに道筋は見えないのでは、と考える今日この頃です。
2026年2月9日